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北大路魯山人と魯山人風すき焼き


陶芸家として、美術評論家として、また大変な美食家として有名な北大路魯山人だが、
その人となり、或いは人生は、伝え聞くところでは決して楽しげなものではない。
魯山人風すき焼きに関して記す前に、北大路魯山人なる人物を少々紐解いてみよう。


魯山人は母の不貞によりできた子で、それを忌み嫌った父は割腹自殺を遂げたという。
現代の感覚では到底理解できない壮絶な話ではあるが、その時代ではあり得たのか…。
不貞の背景は知る由もないが、今なら「不倫」という感覚で幾分軽さがあるものの、
やはりいつの時代でも、その背景の如何に関わらず到底許されるものではなかろう。
それにしても、離縁ではなく、割腹自殺を遂げた魯山人の父とはいかなる人物か?
非常に気になるところだが、それはここでは割愛することにして先を進めよう。


魯山人は生後すぐ里子に出され、六歳で福田家に落ち着くまで養家を転々とした。
転々と「した」というより、正確には「させられた」のであろう。
つまりどの里親にも歓迎されなかったのである。
幼少の頃の魯山人の性格や容姿に問題があったのかは別として、時代背景を考えれば、
貧しい時代故、食い扶持が増えてを喜ぶ家はない。
ましてや、母の不貞でできた子供を喜んで引き取り大切に面倒を見るなどあり得ない。
さぞやつらい幼少期であったろう。
こういった出自にまつわる鬱屈や幼児体験は、魯山人の心から終生払われることはなく、
後の魯山人の人格形成に深甚な影響を及ぼしたといえる。


六度の結婚(1908年、1917年、1927年、1938年、1940年、1948年)はすべて破綻した。
授かった二人の男児はむごいことに夭折(早死に)した。
娘は溺愛したものの、ある時、魯山人の骨董を持ち出したことから勘当し縁が切れた。
その娘は、魯山人最晩年に至っても病床に呼ぶことすら許さなかったという。


その一方で、魯山人は家庭の温かみに飢えていた。
ラジオのホームドラマの何気ない会話、微笑ましい場面に、よく涙し嗚咽したという。
愛情に飢えていた魯山人の一面をうかがい知ることができる実話である。


また、大変な美食家で名を馳せた魯山人は、食に対する逸話を数多く残している。
殊の外フランス料理には厳しく、その「外見偏重傾向」は日頃から酷評していた。
渡仏の際に訪れた鴨料理店「トゥール・ダルジャン」では、「ソースが合わない」と
味そのものを否定し、自らが持参した「わさび醤油」で食べたこともあったという。
命ともいえるソースを否定されたフランス人シェフはどのように感じたのであろう?
恐らくは、ただ味の分からない田舎者(東洋人)と思ったに違いない。
しかし、フランスに行くのにわさびや醤油を持参するとは、よほどの変わり者である。
長期滞在なら、日本の味が恋しくなった場合に備えて持参するのもうなずけるが、
普通の感覚の持ち主であれば、本場のフランス料理を味わえることを楽しみにしても
最初から否定して、自分の味を持参するというのも、よほどの変わり者に違いない。


そんな、常に傲慢で偏屈で毒舌でどちらかというと嫌われ者の魯山人ではあったが、
陶芸家として、美術評論家として名を馳せ、一時代と築き上げたのもまた周知の事実。
そして大変な美食家という評価は現代でも揺るぎないものとなっている。


前置きが長くなったが、(おまけに人物紹介としてはかなり中途半端になった)
そんな魯産人が好んだすき焼きの食べ方「魯産人風すき焼き」について記そう。
一般的なすき焼きのイメージとは乖離しているので、必ずしも推奨する訳ではないが、
このサイトの趣旨の一部である、牛肉本来の味わいという観点では一理ある。


実は魯山人は大の牛肉好きであった。
そして、牛肉そのものの持ち味を殺すことなく、その風味を楽しむ方法を考案した。
それが魯産人風すき焼きといわれる食べ方で、現代のいわゆるすき焼きとは一線を画す。
今風のすき焼きは、必ずしも肉そのものの持ち味を生かした食べ方ではないということ。


その調理法とは…、まず鍋に牛の脂身を炒りつけ、脂をしっかりと出す。
(その辺は今時のすき焼きと変わらない。)
そこで霜降り肉を焼き、直ぐに酒と極少量のみりん、醤油で味付けする。
肉は焼き過ぎてはいけない。少し火が通ったら裏返す。
牛肉を食べきってから少しだし汁を足し、春菊、ネギ、豆腐などを入れる。


これらを片づけてから再び肉を入れ、これを繰り返す。
生卵の代わりに大根おろしを使うこともあったという。
また、肉の厚さも肝心で、厚すぎてもいけないし、薄すぎるのは尚いけない。


さらに、魯山人が晩年に好んだ(らしい)後期スタイルというのもある。
こちらはどちらかというと、「しゃぶしゃぶ風」のダシたっぷりタイプ。
肉は霜降りよりも赤身が適する。
調理法は鍋にだしを八分目ほど注ぎ、肉がうっすら白みがかったら食べる。
またこちらのスタイルは、野菜を煮ている間に肉を入れて食べてもよいそうで、
大分「決まりごと」の緩和が窺える。
つけダレは、八方だしに煎り酒(梅干しを酒で煮詰めたもの)を合わせて作る。


とまぁ、ざっとこんな感じに伝えられている「魯山人風すき焼き」ではあるが、
紹介はしたものの、正直こんな食べ方は面倒なのではなかろうか?


旨い肉は好きに食べる。それがなにより正解。
その正解が魯山人にとっては上記の調理法なのだろうが、
好きに食べて旨いと感動することが何よりあなたのためであり私のためであり、
そして牛さんのためである。


最後にもう一つ魯山人の人となりをうかがい知る実話。


とにかく気難しい人物でならした?魯山人。
晩年に魯山人の家で働いていたお手伝いさん曰く…


風呂から上がると、決まった時間にキンキンに冷えたビールが
サッと出てこないと、満足できないお方でした…。
それができずに叱られ、辞めていったお手伝いさんは数知れません。


とのこと。


「ミタ」ならうまいこと難なくこなしそうだが(笑)



下は今どきのすき焼き↓

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